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和室

タンザニアの生き物たちと第5回アフリカ会議(TICAD V)を考える

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昨日、今日と2日間(2013年5月11日、12日)
アフリカンフェスタ2013が行われている。
大好きなアフリカ。大好きな横浜で・・・。
いいなぁいいなー。参加したいなぁ。

2006年ジンバブエ海外教師研修を終え、
すっかりアフリカ大陸に魅了された私。
2008年TICAD Ⅳ関連イベント、
大学の講座やアフリカンアート、
南アフリカのミュージカルUMOJA(ウモジャ)も
セネガルの「ユッスー・ンドゥール 魂の帰郷」の映画も、
エチオピアのエチオジャズも。ジンバブエのショナ彫刻も。

人も自然も料理もアートも。
アフリカ大陸からうみだされる躍動感溢れるパワーが大好きだ。

教員時代、夏の旅行先はアフリカ大陸。
どこにしようかなぁと、旅行会社の友達に聞いたところ、
まっさきにあがるのが、「タンザニア」だった。
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お勧めポイントは3つ。
1:タンザニアは自然が豊か。
2:観光地もたくさんある。
3:なによりタンザニア人がいい。

私はアフリカには住んだことがない。
アフリカは好きだけど、旅行や研修程度。
そこに生きる人たちと、深くかかわっていない。

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その土地に生きる人たちと、その土地の言語で話し、
その土地の料理を一緒に作り、一緒に食べ、
一緒に働き、遊び、出かけること。
一緒に同じ時間を共有することから、ホンモノが見えてくる。

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私が関わってきたイベント、大学での学び、
好きな映画や本、アフリカンアートやミュージカル、
アフリカ大陸の旅行や研修を含めて、
ただの自分の興味、あるいは自己満足。

今、横浜で行われているアフリカンフェスタや
これから行われる6月1日~3日の
第5回アフリカ開発会議(TICAD V)は、
アフリカ紹介、アフリカ外交にすぎないと思う。
(意味がないわけではないのだけど・・・)
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TICADⅤの会議に参加する日本人は、
アフリカの人たちと一緒に生きる中で、
雨の後、大量発生するクンビクンビを捕まえたり、
小さな生き物やカラフル虫たちを家に迎え入れたり
したことはあるのかしら。

本を読んだり、映画で見て頭ではわかったつもりでいても、
現実は違っていたりするもの。
お金をかけて、いいことをやっているようでも、
人々の生活につながっていなかったりもする。
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タンザニアの生き物たちと
アフリカ会議には伝わってこない声を考える。
本当のアフリカ、本当のタンザニアとのつながりって。
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名も知れない場所に生きる
名も知れない人たちのことを
時間や場所が離れていても、
いつも想い、いつもつながっていることかもしれない。

アフリカ関連記事

「世界中の友達たちへ」2010年6月5日 記事
http://kazitabonita.blog133.fc2.com/category11-1.html

「アフリカ地域別 初等理数科教授法改善」研修の様子 岡山大学 2013年1月ー3月
http://kazitabonita.blog133.fc2.com/blog-entry-190.html

写真はタイトル(ケニア大地溝帯)を除き、
すべてタンザニア好きの友達からの提供です。
アサンテ サーナ!
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「アフリカ地域別 初等理数科教授法改善」研修の様子 岡山大学 2013年1月ー3月

1月9日(水)~3月1日まで、岡山大学教育学部で、
アフリカの教育省の方や教育委員会の指導主事、教員たちを対象とした
「アフリカ地域別 初等理数科教授法改善」研修が行われています。
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参加者は,ブルキナファソ2名、ザンビア2名、ギニア1名、
ナイジェリア1名,エチオピア2名 シエラレオネ1名,ニジェール2名,
ナミビア1名、スワジランド1名の合計13名です。

「教育」「アフリカ」が交わる学びの場
話は、神奈川の小学校教員時代にアフリカージンバブエで
研修を受けた2006年の夏に遡ります。
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JICA中国のHPより抜粋
教育の質は教員の質に大きく左右されることから、
教育の質を考える際に教員の継続的な
専門能力の開発は非常に重要です。
教員は生涯学び続けるべきであり、
教員は他の専門的な職業と同様に専門的能力が求められる職業であるというのは、今や世界共通理解となっています。」


日本も、ヨルダンもアフリカの国々も
教員は学び続けることが求められているのです。

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2013年1月、2月は、
「アフリカ地域別 初等理数科教授法改善」研修に参加し、
授業分析、アフリカの先生方が行う授業、
岡大附属小学校の算数科授業見学など、
アフリカからの研修員の方々と一緒に、
理数科教育について学ばさせてもらっています。

ヨルダンから帰国後、初めて足を運んだ日本の学校現場
岡山大学附属小学校。
どうやら、私も、神奈川ではなくヨルダンの視点から
岡山の小学校を眺めてしまいます。

「日本の子供たちは、なんて礼儀正しいのだろう。」
「給食が毎日あるなんて、とてもありがたい。」
「音楽室や理科室などの設備が整っている。」
「先生方の教材研究がすごい・・・。」
「冬の時期、体操服が半そでなんて、寒そう。」

アフリカの研修員の方々と同じように、私も感じてしまいました。

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こちらは、理科の模擬授業の様子です。
6人の先生方の授業を一日かけて見学させてもらいました。
水溶液の性質、電気のはたらきなど。

ヨルダンの理科教育は、
「いかに楽して教えるか。受験用語を教え込むか」が勝負。

理科の実験道具は、生徒の人数分ありません。
昆虫や植物に接する機会もないのです。
実験道具もなく、動植物など自然に触れる機会も乏しく、
視聴覚機器もない。
教科書と黒板をうつす授業。暗記中心型一方通行。
そんな授業は、アフリカでもヨルダンでも
当たり前に行われているかもしれません。

参考:ヨルダンの理科教育の様子
楽しい理科をめざして 2011年12月21日


今回、心に残った先生は、ザンビアの先生。
本当にエクセレント!な授業をされていました。
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授業後、彼にいろいろ質問をしてみると・・・。
「実験用具がないのなら、自分の地域にあるもので
まかなう、作る、子供たちの手に入りやすいものを
生徒たち(グループ分)必ず用意する」
「生徒たちが協力しながら楽しめる教材を。
物理だって電気回路だって、生活に根差しているのだから。」
という熱い答えが戻ってきました。

今回参加されている研修員の方々は、
指導教官や教育事務官など、
教員を指導する立場の方々が多いように感じます。

一方、素晴らしい模擬授業を行った研修員は、
どこにでもいる学校の小学校の先生。
何度もなんども考え直し、ザンビアにいる教員仲間に
直前まで聞いていたという本当に努力家の先生。

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目の前にいる生徒たちのことを一番に考えた
授業を展開されたザンビアの先生から、
また一つ、教育で大切なことを学ばされるのでした。
「素晴らしい授業を提案してくださった先生、
 ザンビアの未来を感じました。ありがとうございました。」

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何を学び 感じ どう伝えていくか ウガンダ編

2008年8月ウガンダ―ジンジャ
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ウガンダでは、協力隊員にお世話になっていた。
埼玉の現職制度で参加していた、小学校教師の友人。
ジンジャという小さな町の孤児院が、彼の活動先。
年中無休で子供たちの教育活動にあたっていた。

2009年10月神奈川県相模原市
豊橋の体育隊員、ゾノ。
彼もまた、私たちのウガンダ滞在をサポートしてくれた。
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ウガンダの旅を終えた私は、
任地で活動中のウガンダ隊員と連絡をとりあい、
アフリカを紹介する授業を行った。
1年目はウガンダ紹介、保護者にも授業参観で公開した。
2年目は帰国したゾノがゲストティーチャーとして
私の勤務校に来て授業を行うことになった。

ゾノの住んでいる愛知県豊橋市―私が住んでいた神奈川県相模原市。
隣町ではない。
それでも全国各地をかけまわり、講演や授業を行っていた。
そのエネルギーの源とは、
アフリカウガンダで、自分の野球チームで
ウガンダの生徒たちから学んだこと、教えてもらったこと
伝えたいことが、たくさんある。

聞いてくれる人たちがいるのなら、
日本中どこへでもでかたい


私たちはまず授業準備を綿密に行った。
私の学校、地域の特色、児童たちの様子、
6年生の授業では何をテーマにして、どう伝えるのか

児童に伝えたいことは、
ウガンダの生活が、いかに大変だったとか、
任地の野球チームがどうのだとかではない。

ウガンダの生活の中で、何を学んだか、
活動の中で、どう自分が感じてきたか、
6年生(120人)にわかりやすく伝えることだった。

まずは私が事前授業を行った。
ウガンダの生活、食べ物、都会・田舎の様子、協力隊のことを写真やビデオで紹介。
事前授業後の感想・質問を集め、また対策を練る。
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「ウガンダの食べ物で一番おいしかったものは何ですか?」
「アフリカの隊員って、すごいなぁ。」
「水や電気があまりないところで、日本人のボランティアが活動するというのは
とても大変だと思う」
「日本人とアフリカ人は、野球はどちらがうまいんですか?」

海外に出ているから「すごい」というわけではないよ。
ましてや途上国で働くから「えらい」ということでもない。
今日、あなたの朝ごはんを準備してくれた家族の人たち、
あなたの隣で一緒に過ごしている友達、
一人ひとり、意味があり価値のある生き方をしている。
ボランティアとは、
今のあなたが、自分の立場で、今できることに最善を尽くすこと


先進国より途上国の方が、大変そう・辛そうというのは間違い。
例えば、
アフリカは日本より、電気・水道の事情が悪いかもしれない。
物だって、日本よりも少ないかもしれない。
でもね。ウガンダの人たちは、
そこにあるものに感謝しながら、明るく、幸せに生きているんだ。

アフリカにはアフリカの、日本には日本ならではの問題がある。
そして、いいところがある。
物が「ある」「ない」では、決して測れないんじゃないかな。

日本の良さは、周りのことを考えて行動していること。
ルール・順番・時間を守る国民性は、あなたたちも育っているよね。

ウガンダに行って、すべてのことに感謝するようになった。
家があって、ご飯が食べられる。
学校に行けて、友達もとなりにいる。
そういう当たり前の毎日は、とてもかけがえのないものなんだよ

ウガンダの人たちは、毎日たくさん挨拶をしていたよ。
挨拶をすることで、人との距離が縮まるよね。
そして誰にだってできる。

家族は、みんな協力して、助け合って生きている。
優しさ、思いやり、どこにいたって大切なことは同じだよね。
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3カ月後の私は日本にいる。
「ヨルダン生活、楽しかった、面白かった。
 ヨルダン料理、美味しかった」ぐらい、
誰でも思うし、誰だって言える。

ヨルダンの生活を通し、何を感じ、どう考えたか、
この2年間も、残りあと3カ月。
元ウガンダ隊員が、私の学校で
今の自分」について、考えるきっかけを与えてくれたように、
ヨルダンの貴重な時間を、大切な人たちと共有していきたい。

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ショナ彫刻 ジンバブエのアート

世界中を旅し、その地から生み出される芸術作品に出会ってきた。
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「ショナ彫刻」

アフリカのジンバブエ

初めてショナ彫刻に出会ったとき、
ゾクゾク鳥肌がたつくらい、
一つひとつの作品が放っている個性に 
魅了された。







ちなみに、「ジンバブエ」とは石の家という意味
世界中の芸術に関わるバイヤーが注目する
感性の高い芸術家たち、独創的な彫刻の数々が
そこらへんにコロコロころがっている。
ジンバブエは、芸術家の宝庫でもある。
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つるっとしていて、
ほっこりする。
石の色も性質も違う。
だから、一つひとつの石から生み出される顔も作品も違う。

ほら。
どこかとぼけている。
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でも、
どこか懐かしい。






祈り、母子の繋がり、男女の愛、自然への畏敬、生活の思い・・・

もしかしたら、日本の土と火から生み出される
「土偶」や「土器」にも似ているのかもしれない。

「石」のイメージは冷たい。
でも、ジンバブエの「石」から生み出されるショナ彫刻たちは、
とても温かく、命がみなぎっている。

そこの国の自然や歴史がつまった 芸術がある
その国でしか生み出せない センスもある

ヨルダンの芸術って・・・日本ならではの感覚って・・


アフリカ

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貧困とは孤独のこと

私が アフリカ、ジンバブエを訪れたのは、2006年の7月。

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アフリカの子供たちに情操教育(音楽)の大切さ、喜びをつたえたくて、
神奈川県教師海外研修に参加させてもらった。


2年後2008年、
ハイパーインフレ、都市部の環境問題(コレラ流行)
たいへんな苦難にジンバブエ国民が翻弄された

物が外から入らない、外貨を持っている人たちが買い占める。
スーパーに物がない。
現金をもっていても、紙きれ、なにも手に入らない・・・。
食べ物が買えないということは、生きることができないことか?

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田舎
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国が大きな危機におちいったとき、なんとか生き延びた人たちというのは、
人との絆、自然との繋がりがあった人たちだったという。

人との絆

地方の家族や親戚や友人との強い繋がりがあった人たちは、
都市部に住んでいても、地方の開墾や収穫を手伝い、
現金はなくとも食べ物にアクセスするルートがある。

自然との繋がり

地方で自然と共に生きる生活を営む人たちも同じく、
地域にある植物や木の実などを食べ、飢えを凌ぐことができたそうだ


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人や自然に「繋がり」がある人
家族や親せき、友人と縁遠い「孤独」な人

先般の東日本大震災を振り返る。
地震後の経済破たん、食と農の安全と安心、
大きな問題をかかえながら、前進している国
その一方、破たんしていった国もある。


自分のすぐ目の前に、ヒントはころがっている。そして、まったく別の国や時代にも、ヒントが転がっている。

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