和室

祖父の他界 

ブルキナファソから帰国後、しばらく東京・神奈川で過ごし、そのあと、実家ある岡山県新見市に帰りました。
実家といっても、私にとっては祖父母の家。去年の6月、私の実家は岡山市から、父の実家である新見市へ引っ越しをしました。去年から体調を崩していたおじいちゃんを、両親が自宅で介護していました。

東京から岡山新見に戻り、高梁市にある病院へ2回、おじいちゃんのお見舞いへ行きました。最初は変わり果てたおじいちゃんの姿に声をかけることもできなかった私です。

おじいちゃんは今年88歳、おばあちゃんはおじいちゃんの一歳年上、今流行りの姉さん女房。おばあちゃんの頭脳明晰キレのあるツッコミに、ボケを重ねるおじいちゃん。お盆・正月、祖父母の夫婦漫才にどれほど腹を抱えて笑ったことか・・・。
孫からみても、最高で最強の仲良し夫婦でした。

おばあちゃんは最愛のおじいちゃんの傍にできるだけ長くいたい、という思いから、おじいちゃんの病院に泊まり込みで通いました。
おじいちゃんに最期の食事を食べさせたのもおばあちゃん。おじいちゃんの最後の瞬間を看取ったのもおばあちゃん。出会ってから人生の最期までおばあちゃんが隣にいたということです。

2017年7月14日、祖父永眠。
朝の6時、祖父が亡くなった連絡が入りました。その日、大阪に滞在していた私は再び、岡山の新見市に戻りました。駆け付けた時はすでに岡山市内にいる弟が、おじいちゃんの死亡にともなう各種の届けをすべて行い、母も近所の人に助けられて、おじいちゃんの遺体を家で迎える準備が整っていました。

2017年7月14日から16日、お通夜。
「おっと・・・。また出遅れてしまった。亡くなってもなお、おじいちゃんに呆れられてしまう・・・。」と思い、おじいちゃんの棺で過ごす2日間の通夜当番に立候補しました。二日間のお通夜はおじいちゃんを独り占め。棺の隣で、あれこれ話をしました。生前は私の生き方や考え方が理解されず、いつも私と対立していたおじいちゃん。でも、通夜の最後の瞬間は、「和恵も、たまにはじいさん孝行をするもんじゃのぉ。ありがとう。」と言ってくれたような気がします。

2017年7月17日、お葬式。
最愛のパートナーであるおばあちゃん、おじいちゃんの妹たち、優しい子供たち、その孫やひ孫たち、地域の友達や長く勤めた会社の同僚たち。おじいちゃんはたくさんの人たちに囲まれて、無事天国に旅立つことができました。私もおじいちゃんの人生最後の時期に少しだけ関わることができ、また、旅立ちに向けた準備や葬儀に出席することができ本当に良かったです。おじいちゃん、ありがとう。天国にいっても私のことを見守っていてね。

写真は、2017年1月1日、今年のお正月に撮った写真。
将棋が得意な甥1号がレベルアップのため、おじいちゃんの元で修行中。
甥1号にとって、ひぃじいちゃんは将棋の先生。

170719 将棋

★2017年7月20日から9月9日までフランスへ
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2017/07/19(Wed) 15:30:57 | | [ Edit]

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