和室

Sarajevo 1Q92-1Q95

1989年、ベルリンの壁崩壊後、
旧ユーゴスラビアも激動の渦に巻き込まれました
どこの民族にも属さないユーゴスラビア人ではなく、
仲の良かった隣人、友人、恋人を
「民族」に当てはめ、
憎しみあい、殺しあうことになりました

サラエボ紛争がおこったのは1992年から95年
わずか15年前の話です
ガイドをしてくれた彼は、私と同い年でした
私が、自由な時間の中で、遊んでいた大学時代、
彼は戦争の前線に自ら志願し、銃を持って戦ったそうです

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高く堅固な一つの壁(システム)と
それにぶつけられた一つの卵(個人)         

「1Q84」を書いた村上春樹さんの
2009年2月19日エルサレム賞のスピーチを
一部、紹介します

******一部抜粋**********

壁には「大いなる制度(ザ・システム)」という名前がついています。
「大いなる制度」は私たちを守ろうと期待されている反面、
時に独走して、私たちを殺害しはじめ、他国民を殺害するように仕向けます

私たちはみな人間です。国籍や人種や宗教を越えることができる個人です
そして「偉大なる制度」と呼ばれる堅固な壁に向き合う壊れやすい卵です

もしなんとか勝利の希望があるとすれば、それは、
私たちが、自身の存在と他者の存在をかけがえなく取り替えのきかないものであると確信することからであり、
心を一つにつなぐことのぬくもりからです

私たちは「大いなる制度」とやらに搾取されてはなりませんし、
独走させるわけにはいきません

「大いなる制度」が私たちを作ったのではなく、私たちが「大いなる制度」を作為したのです

*****************

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1992~1995年のサラエボ紛争の話だけではありません

今、この世界にいる私たち一人ひとりが、壊れやすい卵なのです



壊れやすい卵である私たち一人ひとりが、考え、力をあわせ、
どのような社会を築いていけばいいのだろう
高く大きな壁に、どうやって立ち向かっていけばいいのだろう

写真:どこまでも続く白い墓石
紛争で20万人以上の人々が殺された街
2010.4月20日撮影


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