和室

イマリをめぐって やきものアート史

同期SVの48G(しばじい)は、
元カーデザイナーの一流アーティスト。
48Gが美味しい料理のつまみに教えてくれた、面白いやきものアート史。
48Gこと柴田講師から教えてもらったことを紹介します。

講義一部 引用
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日本、世界にいろいろな焼きものがあります。
有田焼ってどんな焼きものか知っていますか?
有田とその周辺で生産され、
朝鮮の技術と中国のスタイルで生まれた日本の磁器です。
伊万里・有田焼と呼ばれる理由は、有田で焼かれた磁器が、
伊万里津を積み出し港としたためで、伊万里焼と呼ばれています。
海外では「イマリ」と呼ばれるのはそのためです。

有田での陶器生産は鍋島藩の中心産業。
17世紀半ばにオランダ東インド会社の依頼で
大量生産・輸出を開始していきます。

伊万里磁器のヨーロッパ輸出の始まりは、
中国磁器の禁輸によるその代役としてのもの。
有田の陶工はオランダの求めに応じて一気に技術を向上させます。

その優美な表現はヨーロッパの王侯・貴族を魅了。
ブランド品として確固たる地位を築いているドイツのマイセン焼き
こちらも、伊万里焼をお手本にしたと知られています。
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以下、48Gの説明引用

「有田焼は高級品としてヨーロッパに流れたそうです。
酒井田柿右衛門の白磁の大きな空間に鳥や草花樹などの
空間構成が1品制作として
皿から大きな壷まで「柿右衛門様式」

それまだなかった東洋の無の概念が
表現されヨーロッパ王侯貴族から心酔されることとなった訳です

御用釜は鍋島焼。これは徳川献上ですね。

有田のとなりの波佐見焼(ハサミ);肥前大村藩(現在の長崎県)の
産業釜で生活雑器を中心に大量生産され、主に国内にサプライされる訳です。
まるでダイソーのようですね。

それまでの陶器にかわり堅牢な磁器に変わって
安くて高品質という製品軸です。
海外には醤油の瓶づめとして壷が大量生産され輸出されてました。

大村藩と鍋島藩が山をへだてて数キロのところで
おなじ磁器を生産しながら
大きな2つの方向に変わっていったのは面白い話
です。
サプライチェーンの港は同じ伊万里港、国内流通と海外貿易と。」

***********

これらは、朝鮮半島から取り入れた芸術です。
朝鮮出兵をきっかけに、陶器をめぐるアートが花開いたという事実もあります。
和さん、それから和室のみなさん、焼きものの歴史、お楽しみいただけました?

2010_0920關ゥ縲∵エ・蜥碁㍽0075_convert_20120612034120和さんと母は
日本の陶器大好き。
一番はもちろん、
岡山の備前焼

こちらは、
山口の萩焼を
おかいあげ。





【和さんメモ】

高校時代、家族と一緒に
薩摩焼の里、鹿児島県日置市の美山町に
訪れたことがあります。
島津藩の保護の下、朝鮮からの陶工たちの手で、
多くの芸術作品が生まれたといいます。

朝鮮の陶工たちの歴史は、悲しいものではありますが、
世界のアーティストはめぐりめぐっています。
朝鮮出兵で日本へ朝鮮からのアーティストが来ないかぎり、
日本の陶器文化も花開かなかったし、
今のヨーロッパにおける陶器デザインも生み出されなかったという。

いつの時代も、芸術家+
芸術の価値を見出す眼+育てる力+受け入れる容量が揃ってこその
芸術なんだなぁ。

過去の関連記事:中国の現代アート事情をめぐって

2010年7月2日 アフリカ大陸における中国進出
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2012/06/13(Wed) 22:10:48 | | [ Edit]

自慢

和さん、こんにちは。今日は久々の自慢をします。大学寮食堂の食器は、有田焼きでした。五月の連休頃に有田市が開かれます。立派な作品も数多く展示されますが、数が揃っていなかったり釉薬ののりが十分でなかったりした、いわゆる半端な食器は格段に安くなります。その格段に安くなった食器をさがしながら市を楽しむのです。それぞれにお皿やお茶碗を持てるだけ買い込み帰途につきます。今だったら宅配便で送るのでしょうが、手が抜けるくらい重たいのを割れないように大事に持ち帰ったのを思い出します。
2012/06/14(Thu) 09:26:08 | URL | 月の砂漠 [ Edit]

こんにちは

私も焼き物は好きですね。
備前焼はもちろんですが、特に志野焼の清楚な色合いに惹かれます。
川端康成の小説「千羽鶴」を思い出しますね。
2012/06/14(Thu) 11:13:01 | URL | マアカラ [ Edit]

驚いた。

 有田焼と伊万里焼が同じ磁器を指すとは初めて知りました。
そしてオランダの東インド会社がその磁器を大量生産させて、なおかつオランダの技術を取り入れて芸術的に向上させてヨーロッパの貴族たちを魅了し、高級品になったということも。
写真の柿右衛門見事だものね~

たぶっちゃんのブログは勉強になるね。
2012/06/16(Sat) 16:51:04 | URL | wakuwaku [ Edit]
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