和室

だから 今 私は ここにいる

P1000290_convert_20120511103138.jpg対岸に、
イスラエルの
国旗が
たなびいている。

目の前に、
ヘブライ語で
おしゃべりする
学生がいる。




ここは、聖ヨハネがキリストを洗礼したヨルダン川
バプティズム・サイト
歩いて渡れそうなとても狭い川。でも、決して渡れない川。
対岸には、ヨルダン川に入って洗礼している人たちもいる。
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とても狭いヨルダン川は、ヨルダンとイスラエルの国境でもある。
対岸で洗礼している人たちは、イスラエル側にいる人たちだ。
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2008年、11月29日
1947年のナクバ(大惨事)から60年が過ぎた日、
町田市民フォーラムで「ルート181」を観た。
4時間半のドキュメンタリーが、イスラエル―パレスチナの姿を映し出す。

1947年11月29日に、パレスチナを2分するために採決された
国連決議181条に描かれた境界線をめぐる旅。

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イスラエルに生きる多様な人々の言葉、表情に引き込まれていく。
占領下のパレスチナ人、若いイスラエル兵士。
イスラエル国籍パレスチナ人、アラブ系ユダヤ人、アフリカからの移民。

「ルート181」が教えてくれてくれたもの。
イスラエルーパレスチナだけでなく、世界中、日本でも同じく抱える問題。
国家、民族、難民、移民、戦争と平和、
宗教、マイノリティー、そして、差別

以下、現代アラブ文学研究者 岡真理さんが講演された言葉

「他者に対する想像力の欠如」

ナチスのユダヤ人殺戮は、
悪魔的犯罪者の手によってなされたのではない。
役人として上層部の命令を忠実に遂行することが職務と考えられた
有能な官史の手によるものである。

組織の一つ歯車となって自らが今、行っていることが、
結果的に他者に対し、いかなる暴力になるということ、
その想像力の欠如が、人間の抹殺を可能にした。


ポーランドのアウシュビッツ収容所(2010年4月撮影)
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「他者に対する想像力の欠如」とは、
いつの時代も、どこの場所でも、どんな立場であっても、
そして、どんなに注意を払っていたとしても、
誰もが犯してしまう 過ちではないでしょうか。

国家、民族、難民、移民、戦争と平和、
宗教、マイノリティー、差別。
これらの問題を、ありありと感じれられる国。
感情的にはなく、客観的に考えることのできる場所に生きたい。
生きることを通して、学びたい。

だから、今、私はヨルダンにいる。
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私の悲しみは
いつまでも 
私の前に


ーアウシュビッツ
収容所の
石碑の言葉ー
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1 Comments

Comment

他人に対する想像力の欠如!
これは、今の福島や沖縄に対する日本国民の視点もそう。
そして、私自身も。
難しい。
当人の気持ちにはなれないけれど、近づくための努力はできるはず。
そして、互いに高慢にならないことだね。
2012/05/14(Mon) 23:38:08 | URL | migimigi [ Edit]
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