和室

「劣等感」と「コンプレックス」

安達太良山のふもとの集落は、酪農家や農家を営んでいる
人たちが多く住んでいる。
また、そこは被災された方々を受け入れる地域でもある。

震災直後は、みんなが苦労していた。
誰もが「劣等感」を抱え、福島県民として一丸となって
助け合い、立ちあがろうという気概があった。

あれから2年。
この地域には、以前からの住民と震災後から住んでいる被災者がいる。
この両者に大きな溝ができてしまった。

放射能が多く検出される牧草を狩り、
海外から飼料を買うお金も馬鹿にならない。
牛たちの糞にも放射能が残るからと、
敷地内から処分できない。

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確かに、被災者は気の毒だ。
でも、被災はしておらず、賠償金ももらえないが、
生活の糧を失ってしまった酪農家や農家の私たちは
どうしたらいいのだろう。

同じ地域に住んでいて、
働いても、お金が入らない者と
働かなくても、お金が入る者。
支援する側と支援される側

行き場のない怒りがあふれ、
「無意識」のうちに、共存する地域の被災者へ
矛先が向かいそうになる。

また、恥ずかしいことだけど、
被災地の他県で、復興のスピードを見ていると、
悔しい。
震災直後、宮城や岩手に支援が多く入った。
20年後、30年後、きっと復興するだろう。
一方、
福島県は原発のおかげで、未来を失った地域が山ほどある。
悔しい、辛い、でも、どうしようもない。
ここに生きているというだけで、コンプレックスを
感じてしまう。

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「劣等感」と「コンプレックス」は
意味合いが違うそうだ。
劣等感は、時に欠点を克服する力になる。
一方、コンプレックスは、たちが悪い。
怒りや悲しみ、悔しさなどの負の感情や思考が、
「無意識」に結びついている状態なのだから。

PS:
修了式の前日、ダビデ先生にお会いしました。
先生に初めてお会いしたのは、ヨルダン事務所の食事会。
今回は、先生のお話しで心に残っていること、
今の私の周りにいる人たちの話。
今の福島の生活につながっていることをかきました。

福島で考える

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