和室

元サッカー選手・宮本恒靖さんと私の意外な共通点      ~バルカン半島滞在記~

タイトルとおり、
元サッカー選手・宮本恒靖さんと、
私には意外な共通点があります。

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宮本さんと私の共通点
1977年 2月7日生まれ(37歳)つまり・・・。
生年月日がぴったり同じなのです。

(生年月日以外は、
 私との共通点はまったく見当たらないのですが・・・。)


JICAバルカン事務所が発行するバルカンレターで
宮本恒靖さんの活躍ぶりが報告されていました。
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以下、バルカン事務所のHPより抜粋
民族融和へキックオフ

2011年に現役を引退した宮本さんは、翌年国際サッカー連盟(FIFA)の運営する大学院「FIFAマスター」に進学し、2013年7月に修士号を取得した。修士論文に当たるグループワーク「ファイナル・プロジェクト」で、宮本さんのグループが研究テーマに選んだのは「ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルに、民族融和と多文化共存に寄与するような子ども向けのスポーツ・アカデミーを設立できるか」。紛争から20年近くたつ今も、民族間対立感情の根強いボスニア。中でも特に「センシティブな町」といわれるモスタルをスポーツの力で変えようという野心的な試みだ。
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国際協力の教育。
私のイメージでは、「理数科教育」が圧倒的に花形。
経済・社会の発展には、理数科が鍛える論理的思考力や感覚は
必須。
それから「職業教育」国の産業に直結した部分も大切にされる。

私が一番かかわってきた「美術」は、
世界の教育開発では、
「まずは、理工系OR職業訓練で途上国をサポート・・・
 余裕があったら、情操教育」

日本の学校教育でも、
「絵がうまくても、いい大学にもいけない。仕事に直結しない。
 それでも、美術を極めたいなら、お好きにどうぞ・・・」
という非常に弱い科目だ。

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宮本さんは元サッカー選手で、
スポーツを通じた「平和」「民族融和」を構築する教育を
目指している。


体育科教育と美術科教育の特性は違うけれど、
共通する部分もある。
私が美術科教育でやりたかったことを、
そして、美術科教育ではできないことを、
宮本さんがスポーツを通してボスニアで行おうとしている。

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これは、同じ日生まれとして。
同じ国・地域を訪れたことのあるものとして。
これから国際協力にかかわっていくものとして。
刺激をうけたい。学びたい!
そして、活躍を心のそこから応援したい!!

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注:
写真は、2010年4月、ボスニア・ヘルツェゴビナの
サラエボ滞在中撮影したもの


関連記事
JICA HOTアングルに掲載された記事
ヨルダンの情操教育(音楽科・体育科教育)について
ヨルダンで出会った感動 2012

難民・紛争

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シリアとイラクと ときどき日本

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えっ!またですか・・・。
イラク攻撃の理由が「大量破壊兵器」だったように、
今回のシリア攻撃の理由は「化学兵器」ですって。

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外務省幹部は6日、シリアのアサド政権が同国内で
 化学兵器を使用したことを、
 日本政府として認定したと明らかにした。」


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これって、イラク戦争の時と同じく
「アメリカいってるんだから、
 化学兵器を使用したアサド政権を一緒に倒しまSHOW!」
 と、日本政府が政府として同意したということですね。

そうですかーー。またですかーーーー。


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「あれ?!イラクに大量破壊兵器、なかったんスか!?
アメリカがいうもんだから、つい、あるとおもっちゃった。
あぁ、シッケイシッケイ。」と、とんずらした日本。

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その犠牲者(イラク難民)は、今もヨルダン国内にたくさんいます。
命のギリギリのところで、必死に生きる人もいれば、
明日の命をあきらめている人たちもいます。

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私のイラク難民の友達は、父親が癌の闘病中でした。
ヨルダン国内では、病院に行くことも薬を買うこともできません。
イラク戦争で故郷を追われ、仕事も奪われ、病気も治せない人たちの一人です。
彼女の父親と握手をした時、
「日本人でいることの情けなさ」を、強く感じてしまいました。

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今度は同じことを、シリアに向けてやるんですよ。
こんなに素敵な国、優しく穏やかな国民に向けて。

ほとぼりが冷めたら、きっと日本政府は、
「化学兵器、なかったんスか!?アメリカが・・・
あぁ、シッケイシッケイ!!」って、
平気な顔をしていうんでしょうね。

そんな国の国民なんですよ。私たちは。
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写真は2011年2月のシリア旅行。
元ダラア体育隊員のケンザが撮ってくれたものです。

難民・紛争

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「平和」 温かな時間と空間の交差点で

弟家族と両親が、岡山県新見市祖父母宅でのお盆。
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ご先祖様が帰ってくる時期、 お墓にお迎えに行き、
ご飯をお供えし、お墓の掃除をする。
今 こうやって自分たちが健康で元気に生きていられることを
ご先祖様に報告。

命のバトンをつないでくれていることにも、また感謝。

プリンス雄大くんを囲んでの祖父母、両親、弟家族
穏やかな夏休みの一コマ どこにでもありそうな平和な時間と空間

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こちらヨルダンはラマダン月。イスラム教徒にとって、特別で神聖な月。
ラマダンの間、イスラム教の人たちは、日の出から日の入りまで飲食しない。
日没後に晩ごはん(イフタール)がスタート
家族が揃って、母が作った自慢の手料理を囲み、ワイワイ食べる。
時には近所の人たちや親せきも集まるものだから、大きなパーティーみたい。

a+600_convert_20110820025935.jpgさぁイフタールだ!
アンマンの夜景

パレスチナのガザ地区、パキスタン、アフガニスタン、シリア、スーダン、そしてイラク・・・



今 悲しい世界のニュースで耳にする国の多くは
神性な月であるラマダン中のイスラム教の国々

ここアンマンでお世話になっているイラク人友達の家に遊びに行った。

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ウンムアリさんが作ってくれた 
イラク手料理をみんなで囲む。
豆スープとオクラのトマトスープ。
ふんわり焼かれたケバブもどうぞ。

湾岸諸国発信のテレビドラマを見て笑って。
ヨルダンのラマダンお菓子もおいしいけど、
バグダッドのお菓子が一番!なんて言われて。



 外で爆撃の音は聞こえない
  自分の言動を誰かに密告されたり、
   明日 命がなくなるかもしれないと
    毎晩 怯えて眠れないというわけでない。
     昨日までの知人が、今日敵になることもなく
      精神的な嫌がらせを受ける心配もない
 
       日本のお盆のように 今まで私が過ごしてきた
       ごくごく当たり前の 平和な時間が 流れている

平和な空間 温かな時間を 彼らにとっての仮の住まいである 
ヨルダンで 一緒に過ごす

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一緒に過ごす、イラク人兄弟の、兄ムハンナドくん、弟アムジャッドくん。
ウンムアリさんは、親子ではない。
クルド人友達シュアーンくんは、イラク北部クルド地区出身

それぞれ4人、別々の地域から国から それぞれの事情で国を逃れ、
悲しみと苦しみの過去を負って 今を生きている

自分が生まれ育った故郷への想いがある
イラクやクルドに残してきた 家族を想う
いつかは 平和な自分の故郷で イフタールを
温かい時間の積み重ね、幸せな日常の延長線上に 平和がある

当たり前に 温かな時間を享受できる
仮の住まいである ヨルダン 私たちの国 日本 

平和な時間 平和な空間は 
特別で 尊く そして とても 儚い

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2011 
8月19日

難民・紛争

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ヨルダンに生きる人たち

これまで、たくさんの立場の人たちに出会い、
時間を共有してきました。

学校で一緒に過ごすパレスチナ人の生徒や同僚たち、イラク難民の友達、
東南アジア、近隣諸国からの労働者、ヨルダンの上流階級の人たち

一人ひとり持っている背景が違い、どういう理由でヨルダンにいるのか、
なぜそのような考えを持っているのか、・・という、深いところまでは
私の関心、興味の対象であって、
相手にとっては触れられたくない過去でしょう。

イラク難民についても同様です。
命を削って生きている過去を持ちながらも、
ヨルダンという国は一見、安定していて、パッと見、わかりません。

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私の立場は、美術隊員。
ジャーナリストでもなく、研究家でもなく、国際協力のプロでもない。

できることは、同僚たちと一緒に楽しい時間を過ごし、
目の前の生徒たちの情操教育に関わることだけ。

だから、生徒たちの家庭訪問やイラク難民の家庭に行かせてもらっても、
貧困や困難や、彼らの負っている過去を追求する気持ちにはなれず、
充分な知識を持ち合わせていないため、宗教や政治、問題について
質問したこともありません。

それでも、何らかの事情でヨルダンに生きる人たちが、
心を開いて、自分の生い立ちや過去、ヨルダンから見た世界の情勢を
話してくれることがあります。

美術や演劇、詩の朗読、音楽などの表現活動を通し、
ここに生きる人たちが負っている困難、未来への希望などを
感じたり、共感したりすることもあります。

また、ヨルダンに生きる人たちが私を通し、
日本に興味を持ち、日本の今を考え、思いを馳せてくれています。

パーソナル(個人的)な思いを受け入れる。共感する。
そういった出会いの小さなパーツを、集めていくことで、
ジェネラル(一般的)になる。
個を追求すれば、公に通じる。

ヨルダンに生きる人たちが、私を温かく受け入れてくれているように、
私のヨルダンを、私の言葉で伝えることで、
日本の大切な人たちも、中東の一部であるヨルダンを知り、
受け入れてくれるだろうと考えています。

ここにいる一瞬一瞬が貴重な経験です。
これまでの自分を立ち止まる、今の日本や世界を眺め、
考えるという視点をもらっている毎日に、いつも感謝しています。

030_convert_20110721041057.jpgマダバのお祭り
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難民・紛争

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