和室

祖母の四十九日(鹿児島県出水市)

2016年7月24日 鹿児島県出水市
祖母の四十九日に参加してきました。
祖母の最愛の伴侶のもとへやっと旅立てる日。
参列した私たちは、おじいちゃんとおばあちゃん再会できるといいね。いまごろどんな話をしているかな・・・・。なんて話していました。

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四十九日法要でお世話になったお坊さんは、亡くなった祖父(僧侶)と同じお寺で一緒に働いてきた方。
祖母や祖父の思い出も交えながら話をしてくださり、親しみ深く感慨深いものがありました。

祖母のおかげで、久し振りの親戚たちとの再会。
いとこの家族にも会えました。

こちらの白髪の二人(祖母の妹と弟)。
鹿児島大学時代とてもお世話になった、鹿児島の父と母。
祖母の弟のうちに下宿させてもらった1年間、私の鹿児島のお父さんだったおじさま。
20年前、教育学部の学生だったあのころ、いつもどこかに連れて行ってくれたり、ご飯をごちそうしてくださったおばさま。
20年たつと、こちらもそちらも年をとりますね・・・・。
あの頃、いっしょにお風呂に入っていたおじさんの孫も、もう成人式を迎え立派な青年かぁ。

le rite funéraire_1

大人になると、葬式や結婚式といった式でしか顔を合わせなくなってしまうけれど、こうやってみんな元気にそれぞれの道で生きているのだなと思うと、とても勇気がわいてくるものです。

四十九日の日、ちょうど出水市で大きな花火大会がありました。
まるで「みんな集まってくれてありがとう!」と祖母が用意してくれたような花火大会。
母と伯母(母の妹)は、祖母との小さなころの思い出を胸に、米ノ津川のほとりを二人で歩いて花火観賞。
私は、梅酒片手にお隣の旅行者と旅館の二階から、目の前に広がる花火を楽しみました。

ちなみに鹿児島県出水市は私が生まれた町です。
旅館のすぐ目の前が、私が生まれた産婦人科でした。
花火大会、親戚との出会い、私が生まれた場所、
おばあちゃんの導きが巡りめぐった一日でした。

おばあちゃん、ありがとう。

le rite funéraire_3
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イラク人友達サルワからのメッセージ

バグダッド出身、イラク人友達サルワと連絡をとっている。
彼女がくれたメッセージ。

不幸な人は、ないものに囚われ、幸福な人は、あるものに感謝する。


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イエメンのソコトラ島⇔村上春樹の「遠い太鼓」

帰国して、ちょうど一年。

去年の今は、ドバイの空を飛んでいて、
「嫌だ!!ヨルダンにもっともっと居たい!」と
 ぼろぼろ涙を流していた。
去年の明日 2012年10月27日、成田空港に到着。

早いなぁー。
あっという間に一年たっちゃったなぁ。


さて、突然ですが、質問。
この木なんの木?気になる木。

蜀咏悄+(11)_convert_20131025221536

木の皮をはがすと、赤い色の液がでてくる、竜血樹!!
イエメンにいた国内協力員 兼 JICA二本松のカメラマン
永井涼さんに、「ソコトラ島」を紹介してもらい、写真を提供してもらいました。

イエメン本土から200キロ離れた絶海の孤島。
神に捧げる乳香の木も、竜血樹も、ボトルツリーも、
ここ「絶海の孤島」でしか見られないんだそうです。

蜀咏悄+(23)_convert_20131025222442

今、寝る前に村上春樹さんの「遠い太鼓」という
旅エッセイを読んでいます。
涼さんが話をしてくれた、
イエメンのソコトラ島の情景と重なりました。

私にとっての隊員の2年間は、ソコトラ島のよう。
「切り離された、独特の空間と時間」
=「隊員の2年間」なのです。

蜀咏悄+(8)_convert_20131025221338


遠い太鼓~あとがきより 引用
「今、こうして日本に帰ってきて、
机の前に座ってその三年間のことを考えていると、
とても不思議な気分になる。

ふりかえってみると、
そこには奇妙な欠落感がある。

質感のある空白

ある種の浮遊感、あるいは流動感。

その3年間の記憶は、浮遊力と重力の作りだす狭間を
流されるように彷徨っている。」
蜀咏悄+(12)_convert_20131025221654

村上春樹さんが40になる前の3年間過ごしたイタリアの時間。
~ここで、ノルウェイの森を世に生みだす~

ソコトラ島の自然は、世界でも切り取られたような独特な空間。
~ここで、特殊な自然条件から 美しい植生が生みだされる~

私のヨルダン2年間も、特別な時間なのであった。
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蛍に会いに~福島県桑折町~

梅雨の合間、じっとり重い空気
夜の闇と、深い山奥。
森の静けさと河のせせらぎ。
ケロケロ・ゲコゲコ。カエルの鳴き声

7月5日(金)19:00~22:00
福島県桑折町のホタルたちに会いに行ってきました。
産ヶ沢川ホタル自然公園と、うぶかの郷という場所です。

あたりは、街灯も全くなく、真っ暗。
目が慣れるまで相当時間がかかってしまいました。
地元の方が、ホタルのいる川まで案内してくれました。
一年から二年間、水の中にいるホタル。
地上で飛ぶのはわずか一週間。短い間に、子孫を残すそうです。
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私は小学校時代、鳥取県米子市に住んでいました。
昭和終りの鳥取県。
自然も豊かで、たくさんの虫たちと接することもできました。
蛍を見に行って、近づいてきた蛍を虫かごに入れ、
少しの間観察したこともあります。

教員時代は神奈川県相模原市にいました。
今から10年前、学区にあった相模カルピス工場で
ホタルの観賞会がおこなわれていました。
生徒たちが、「カルピス工場で、ホタルを見てきた!」
と自慢げに教えてくれたっけ。

ホタルの光は、
自然への感受性、美しい情緒、温和さと謙虚さ
つまり「日本人」を表しているといえるでしょう。
フワフワと光を放ちながら飛ぶ、自然のホタルに、
しばし時間を奪われていました。
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蛍の写真は、HP「うつくしま 電子辞典」
「ホタルの豆知識」から。
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スイス アルノ家の夕食から「我が家の掟」

スイスに行くと、必ず訪れるフランス国境の小さな町
ラ・ショッドフォン。
スイス人友達、アルノの産まれ育った町。
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アルノ家では、いつも優しい両親が迎えてくれる。
一見、物静かで穏やかなアルノパパ。

そんな彼の家には、パパがきめた掟があった。
「毎日、家族みんなで、夕食を一緒に食べること」

それ以外は、なんでもOK。

勉強しなくたって、学校にいかなくたって、
両親に怒られることはない。
高校からタバコや酒もOK、いろんな恋人を家に呼んでも、
文句を言われない。
高校生から、夕食後のデートや外出、おとまりもOK!
ってなわけで、
自由っていえば、とっても自由。

掟は一つ。
毎日、家族みんなで、夕食を一緒に食べること

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これが、簡単そうで、守れないらしい。
特に、中学、高校になると、友達や恋人の用事もあって、
家族より、自分のことが優先だ。

一度、アルノの妹が、夕食時間に間に合わず、
父親にぶっとばされそうになったことを機に、
「うちだけ、厳しすぎる!!」と、
兄妹たち3人揃って、父親に懇願届けを出したそうだ。
それでも、父親は頑として譲らず、
「高校卒業までは、何があろうが、家族そろって夕食」は続行。

妹たちが不機嫌な時(反抗期?)は、
夕食の団らんどころでなく、終始無言。
また、夕食をとった後、恋人や友人家で、再び夕食で、
妹たちは、太ってしまったこともあったそうだ。

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先日、アルノパパや私の母親と同世代の
お世話になった先生が天に召された。
初任の頃から、丁寧に指導してくださった先生。
ヨルダンから帰国後、すぐにメッセージをくれた優しい先生だった。
かわいいお孫さんもいて、優秀なお子さんたちも近くに住んでいた。
これからが一番楽しい時だったと思う。

居るだけでいい。」
「家族一緒の時間は、今しかないのだから。」


アルノ家の掟は、厳しいかもしれないけど、
とっても大切な家族のルールかもしれない。

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