和室

城塞都市 カルカッソン

南仏モンペリエ滞在2週間目。
午前中は語学学校、午後は町探索。
この日は、ブルキナファソにいたお世話になったローラさんと城塞都市カルカッソンで合流。

フランスに来て、ブルキナファソで縁があった人たちと再会を果たし、
ブルキナファソに思いを馳せる・・・。なんとも優雅なひと時。

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170813 Carcassonne ( partage de Laure 1 )

170813 Carcassonne ( partage de Laure 2 )

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フランス滞在

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マルセイユの海

マリィの住む町、マルセイユ。

青い空、青い海。たっぷり海水浴を楽しみました!!
それにしても、夏の南フランス、人が多い・・・。
関東の海と同じくらい、人が多い。



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フランス グルノーブルでハイキング

1週間のパリ滞在を終え、2週目は南フランスでバカンス。
マルセイユの海を楽しんだ後、グルノーブルという山に囲まれた美しい街に来ています。
マルセイユの友達マリィが出産を控え、祖母宅へ里帰り中。別荘でゆっくり過ごしていました。
マリィちゃん(妊娠5か月目)と、マリちゃんのお母さん(母と同世代の60代半ば)、マリちゃんのお祖母ちゃん、(祖母と同世代80代半ば)と一緒に山へハイキング。

マリィは昔、水泳の国体選手候補でもあったスポーツウーマン。
(お兄ちゃんのローランも並外れた運動神経の持ち主。)

あの兄妹が、どうしてあんなに運動神経がいいかわかったハイキング。
私の母は、60代半ば。相当切れのあるダンスもするし、最近はじめた水泳でバタフライを軽くおよぐスポーツウーマン。
けれど、うちの母も顔負け。

とにかく、マリィの母と祖母のスポーツウーマン、健脚ぶりは只者ではなかった・・・。

80代半ばのスポーツウーマンのお祖母ちゃんは、また、とても素敵な方だった。
「健脚でいることは、人生を楽しむこと。」
たくさん体を動かして、歩いて。自然に触れて。なるべく体にいい食事をして。家族や友達と仲良くして、おしゃべりして。子供や孫にも恵まれて。本当に私はいつも幸せ。孫の親友、日本人のカズエにもあえて今日もハッピー!

帰る間際には、マリィの父親へは、日本から持ってきた日本酒をプレゼント。
「まる」という赤のパックに入ったお酒。私は日本酒は嫌いだし、飲まないのだけど、おじいちゃんがいつも飲んでいたお酒。
お父さんもとても喜んでくださった。

フランスも日本も、なんだか、どこも一緒だなぁ。
写真は、山ハイキングの様子。
眼鏡をかけているのが80代半ばで健脚、健康美人のお祖母ちゃん。


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フランス滞在

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紫陽花とシャンソン

こんにちは。
フランスのパリに来て、一週間過ぎました。
ブルキナファソで仲良しだった友達マタリアと二日間、一緒にパリ観光。
大学のころよく聞いていたシャンソン歌手、エディットピアフのお墓に行きたい!と彼女を誘い、一緒にペール・ラシェーズ墓地へ行ってきました。

フランスに来る前、岡山新見市の図書館でシャンソンのCDを借り、シャンソンをかけながら、両親とドライブした山道を思い出します。
7月上旬、祖父の病状も末期に近づき、両親もなすすべもなく、なんだか、途方に暮れていましたが、岡山の山奥の風景、霞かかった霧、満開の紫陽花は、私たちにつかぬ間の休息を与えてくれました。山の風景と紫陽花と、シャンソンはなぜか見事にマッチしていました。

今日のパリは、あいにくの曇り空。
シャンソンを聞くと、バラの花が似合うフランス・パリではなく、アジサイの似合う岡山の田舎の風景を思い出します。

写真は、凱旋門。

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祖父の他界 

ブルキナファソから帰国後、しばらく東京・神奈川で過ごし、そのあと、実家ある岡山県新見市に帰りました。
実家といっても、私にとっては祖父母の家。去年の6月、私の実家は岡山市から、父の実家である新見市へ引っ越しをしました。去年から体調を崩していたおじいちゃんを、両親が自宅で介護していました。

東京から岡山新見に戻り、高梁市にある病院へ2回、おじいちゃんのお見舞いへ行きました。最初は変わり果てたおじいちゃんの姿に声をかけることもできなかった私です。

おじいちゃんは今年88歳、おばあちゃんはおじいちゃんの一歳年上、今流行りの姉さん女房。おばあちゃんの頭脳明晰キレのあるツッコミに、ボケを重ねるおじいちゃん。お盆・正月、祖父母の夫婦漫才にどれほど腹を抱えて笑ったことか・・・。
孫からみても、最高で最強の仲良し夫婦でした。

おばあちゃんは最愛のおじいちゃんの傍にできるだけ長くいたい、という思いから、おじいちゃんの病院に泊まり込みで通いました。
おじいちゃんに最期の食事を食べさせたのもおばあちゃん。おじいちゃんの最後の瞬間を看取ったのもおばあちゃん。出会ってから人生の最期までおばあちゃんが隣にいたということです。

2017年7月14日、祖父永眠。
朝の6時、祖父が亡くなった連絡が入りました。その日、大阪に滞在していた私は再び、岡山の新見市に戻りました。駆け付けた時はすでに岡山市内にいる弟が、おじいちゃんの死亡にともなう各種の届けをすべて行い、母も近所の人に助けられて、おじいちゃんの遺体を家で迎える準備が整っていました。

2017年7月14日から16日、お通夜。
「おっと・・・。また出遅れてしまった。亡くなってもなお、おじいちゃんに呆れられてしまう・・・。」と思い、おじいちゃんの棺で過ごす2日間の通夜当番に立候補しました。二日間のお通夜はおじいちゃんを独り占め。棺の隣で、あれこれ話をしました。生前は私の生き方や考え方が理解されず、いつも私と対立していたおじいちゃん。でも、通夜の最後の瞬間は、「和恵も、たまにはじいさん孝行をするもんじゃのぉ。ありがとう。」と言ってくれたような気がします。

2017年7月17日、お葬式。
最愛のパートナーであるおばあちゃん、おじいちゃんの妹たち、優しい子供たち、その孫やひ孫たち、地域の友達や長く勤めた会社の同僚たち。おじいちゃんはたくさんの人たちに囲まれて、無事天国に旅立つことができました。私もおじいちゃんの人生最後の時期に少しだけ関わることができ、また、旅立ちに向けた準備や葬儀に出席することができ本当に良かったです。おじいちゃん、ありがとう。天国にいっても私のことを見守っていてね。

写真は、2017年1月1日、今年のお正月に撮った写真。
将棋が得意な甥1号がレベルアップのため、おじいちゃんの元で修行中。
甥1号にとって、ひぃじいちゃんは将棋の先生。

170719 将棋

★2017年7月20日から9月9日までフランスへ
和さんのつぶやき

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